大判例

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東京地方裁判所 昭和44年(ヨ)2212号 決定

債権者

小笠原格

右代理人

陶山圭之輔

外一名

債務者

昭和電線電纜株式会社

右代理人

中島一郎

主文

本件仮処分申請を却下する。

申請費用は債権者の負担とする。

理由

一当事者双方の申立て

(一)  債権者―「債務者が昭和四三年九月二五日債権者に対してなした債務者大阪支店に同年一〇月五日から勤務を命ずる旨の意思表示の効力は仮りに停止する。申請費用は債務者の負担とする。」との裁判を求める。

(二)  債務者―申請却下の裁判を求める。

〈中略〉

四決定理由

(一)  本件命令の存在

会社が債権者主張の商品の製造販売を業とし、肩書地に本店と川崎工場とを、東京、大阪等に支店を有すること、債権者が昭和二七年頃会社に採用され、以後川崎工場及び東京支店の各職務を歴任し、昭和四一年九月特品販売部付東京支店勤務を、昭和四三年八月特品部営業課員として東京支店勤務をそれぞれ命ぜられこの命令に従つて就労してきたこと、会社が同年九月二五日債権者に対し同年一〇月五日から特品部営業課大阪支店駐在勤務を命ずる旨命令したことはいずれも当事者間に争いがない(以下争いがないと略述する。)。

(二)  保全の必要性

1  原則

本件命令が債権者主張のように無効であつて、被保全権利が存在するものであるか否かはさておき、本件において債権者主張のような保全の必要性が存在するか否かを判断する。

債権者の申請の趣旨は、その主張の被保全権利と対照すれば、すなわち、「債権者が大阪支店に勤務する義務のないことを仮りに定める。」との意味に解せられる。そうであるとすれば、本件仮処分命令申請は、元来右義務不存在を確認する本案判決の確定によつてはじめて得られたところの法律関係と同様の状態を、本案判決確定前である現時において即時仮処分命令をもつて実現したいとの趣旨に帰着する。このような仮処分はいわゆる満足的仮処分に属し、本案訴訟を事実上不用ならしめる結果を招来することが多いので、本案訴訟と仮処分命令との機能の差異にかんがみ、その必要性の認定は慎重なるを要し、かつ、その際、労働事件の特質を考慮しつつも、労働事件に属さない事件における満足的仮処分の必要性認定の判断基準との均衡を失しないようにしなければならない。

2  債権者の家庭生活上受ける不利益

〈証拠〉によれば、債権者は本件命令発令当時横浜市金沢区に妻および子供二人とともに居住し、債権者の父(測量業、六六歳)および母(保険外交員、六〇歳)(いずれも東京都葛飾区に居住)とは別居していること(父母のあることは争いがない。)、債権者は父母を引取つて同居すべき事態を予期し、横浜市緑区にかねて土地五〇坪を買い求め(土地購入は争いがない。)、そこに居宅を新築する心づもりでいたこと、しかしながら、債権者の右住居はその妻の両親宅のすぐ近くにありかつその所有であつて、債権者はこれを一カ月五〇〇〇円の賃料をもつて賃借していることが疎明される。

以上の事情のもとでは債権者主張の父母との同居および自宅新築は到底火急のこととは認められないから、仮処分の必要性を肯認するに足りない。

また債権者が本件命令に異議をとどめつつも従つたことによりこのほかに若干の精神的肉体的経済的負担を余儀なくされたことは容易に推認されるけれども、この不利益もまた本件仮処分命令の必要性を充足するに足りない。

3  組合活動上受ける不利益

(1) 原則

仮処分は、債権者自身の受ける不利益を救済する制度であり、組合活動といつても組合機関としての面と個人としての面とをもつものであるから、ここにいう組合活動上受ける不利益とは、まさに債権者個人として受ける不利益であれば必要かつ十分であつて、仮処分手続の当事者でない組合自身が受ける不利益は原則として仮処分の必要性を構成しないと解すべきである。よつて以下債権者が本件命令によつて個人として組合活動上受ける不利益の有無および程度につき検討する。

(2) 事実

(ⅰ) 組合の組織および役員等の選出方法

〈証拠〉によれば次の事実が疎明される。

(イ) 組合は、会社本店(川崎市所在)に事務所を、相模原工場(相模原市所在)に分室をおき(組合規約二条)、会社の従業員をもつて組織され(同五条)、決議機関として大会および代議員会を、執行機関として執行委員会を、職場をいくつかの地区にわけ地区機関として地区大会、地区委員会、ブロック会議、職場会議を、諮問機関として代表会議をおく(同一九条)(大会、代議員会、執行委員会の任務は争いがない。)。

(ロ) 大会は組合の最高決議機関であつて全組合員で構成するが、やむを得ない場合は代議員会の決議により、代議員会構成員及び地区組合員一五名につき一名の割合で(端数八名につき一名を増す。)所属地区組合員の直接無記名投票により選出された大会代議員をもつて構成することができる(同二一条)(大会が最高決議機関であつて、その代議員が組合員一五名に一名の割合で選出されるべきことは争いがない。)。

しかし実際上大阪支店からは組合員三五名にかかわらず一名の代議員が大会に出席するにとどまる(組合員数以外事実は争いがない。)。

(ハ) 代議員会は大会に次ぐ決議機関であり大会より次期大会までのすべての決議事項を審議決定し、代議員、執行委員会構成員及び地区長で構成する(同二七条)。この代議員は各地区毎に所属地区組合員が直接無記名投票により所属地区組合員中から選出する(同六二条)(代議員会が大会に次ぐ決議機関であることは争いがない。)。

従つて後述のように地区制度の行なわれない大阪支店等から代議員は選出されない(この事実は争いがない。)。

(ニ) 執行委員会は組合の最高執行機関であり、常時組合業務の執行にあたる(同三一条)。その構成員は正副執行委員長、書記長、執行委員である(同三二条)、いずれも全組合員の直接無記名投票により全組合員中から選出される(同五八条)。

従前から執行委員選挙については右の規約とやや異る運用がなされており、まず川崎、相模原、東京の各地区において予備選挙と称し、地区所属組合員の投票により執行委員の定数をこえる数の地区選出執行委員候補者を選出し、これとこの手続によらず直接立候補した者とを併せてその中から全組合員の投票により右三地区ごとに定められた定数だけ執行委員を選出するとの慣例が存在したのであるが、この予備選挙は大阪支店等においては行なわれていなかつた。しかし大阪支店等から直接立候補することは可能である(以上本段の事実はすべて争いがない。)。現に債権者が大阪支店に赴任した後昭和四四年に施行された執行委員選挙において、組合は債権者に対し間接的ではあつたが立候補の意思の有無を照会したけれども債権者は立候補しなかつた。

(ホ) 組合は本店、川崎工場、相模原工場、東京支店に限り各部課単位に若干の地区にわけ(合計一四地区)、各地区に属する組合員全員をもつて地区大会を、地区長、代議員、職場委員をもつて地区委員会を構成する(同三七条)。

地区大会は中央及び地区委員会の決定事項の報告及び所属組合員の意見を中央に反映するための機関であつて、地区における最高の決定機関であり(同三九条)、地区委員会は中央よりの決定事項の報告及び所属組合員の意見を集約し、中央に反映するための機関であり、所属地区における執行業務の処理にあたる(同四〇条)。地区長は地区の業務を統轄し中央との報告、連絡にあたり、副地区長はその補佐ないし代理をする(同五五条)。地区長は各地毎に所属組合員が直接無記名投票により所属地区組合員中より選出される(同六〇条)。副地区長は地区委員会で所属代議員中から選出される(同六一条)。

右の地区制度は大阪支店等には施行されていない。

以上の事実が疎明される。

(ⅱ) 組合員数

〈証拠〉によれば、組合所属の組合員数は約二七〇〇名、うち川崎の本店、工場では二千数百名、東京支店では約二〇〇名、大阪支店では三五名であることが疎明される。

(ⅲ) 本件命令と債権者の組合活動

債権者が会社に採用されたのち組合に加入し、昭和二九年二月から昭和三七年二月までその代議員、執行委員(専従も含む)、地区長、副地区長、全電線中央執行委員本部専従を歴任し、昭和三九年八月から昭和四三年七月まで組合の執行委員であつたこと、同年七月施行の執行委員選挙に立候補したが、落選したことは争いがない。

〈証拠〉によれば、債権者はおそくとも昭和四一年以降の執行委員選挙において予備選挙による候補者となることなく直接立候補していたことが疎明される。

〈証拠〉によれば、この間債権者は、会社の労務政策等に対してはつねに階級的批判的立場に立ついわゆる左派グループの中心として積極的な組合活動を展開してきたことが疎明される。

〈証拠〉によれば、大阪支店での組合活動は一般的にいつて従前から東京支店よりは事実上各種の便宜に恵まれず、制度上も地区がないなど、低調であつて、債権者は本件命令に従い大阪支店に赴任したものの、組合活動上東京支店在勤中とは異る種々の困難に逢着していること、なお債権者は東京支店においても大阪支店においてもサービス・エンジエニアの地位にあつて得意先に出張して執務することが多く、他の組合員と接触する機会に乏しいことがいずれも疎明される。

(3) 評価

(ⅰ) 組合大会代議員は規約上組合員一五名に一名の割合で選出されるのであるが、大阪支店勤務の組合員は三五名いるのに慣例上一名の代議員を選出するにとどまるから、債権者は大阪支店に移ることによりそれだけ代議員に就任する機会に乏しくなるといえる。

代議員会の構成員である代議員は大阪支店勤務の組合員からは選出されないから、この点で債権者は代議員となる機会を全く失うといえる。

しかし債権者はもともとこれらの代議員としての経歴に乏しく、従前の勤務場所である東京支店にとどまつていた場合代議員に選出される可能性はあつても、これが確実であるとはいい難い。

執行委員は全組合員の投票により選出されるが、いわゆる予備選挙は大阪支店では行なわれないから、同支店勤務者はその候補者にはなれないとはいえ、規約上も事実上も直接立候補の途は開かれている。ただ大阪支店の組合員数が三五名にすぎず、東京支店の組合員数が約二〇〇名、その近くの川崎にある本店および工場の組合員数が二千数百名である関係上、大阪支店からの立候補者は、東京支店からのそれに比し選挙運動上不利益であることは一般的について否定できない。しかし元来債権者は東京支店在勤中の昭和四三年に施行された選挙に直接立候補落選しているので、たとえ債権者申請のような仮処分命令が発せられ、債権者が東京支店に仮に復帰し再び執行委員に立候補した場合、当選の可能性があることは否定できないが、これが確実であるとは認められない。

所詮債権者が本件命令により前記二種類の代議員、執行委員の選出について著しい損害を受けるとの疎明はないといわなければならない(なお当選確実と認められる場合であつて仮処分の必要性は他の事情と相まつて検討さるべきである。)。

(ⅱ) 債権者が大阪支店赴任により、代議員、執行委員選出の可能性以外の点についても、組合活動上東京支店在勤中とは異る種々の困難に逢着していること前述のとおりである。しかしながら、大阪支店においても組合活動が不可能なわけではないから、大阪支店においては組合活動上種々の困難が存するということは本件仮処分の必要性を充足するものとはいい難い。

(ⅲ) 以上説明のとおり債権者は本件命令によつて組合活動上前記のような限度で種々の不利益を受けることは明らかであるけれども、冒頭に説示したような見地にたつとき、これを個別的に考察すれば勿論のこと、これを総合して考察しても、いまだ本件仮処分命令を発するに足りるだけの必要性ありとはなし難い。

(三)  むすび

結局本件仮処分命令申請は必要性の疎明がないことに帰着し、保証をもつてこれにかえることも相当でない。

よつて本件申請を却下し、民事訴訟法八九条により申請費用は債権者の負担として主文のとおり決定する。(沖野威 小笠原昭夫 石井健吾)

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